少女外道(皆川博子)
『少女外道』
梅雨に入る前にきてくれるはずだった葉次が腰を痛めたとかで、庭木の手入れをしないままに夏となった。
『巻鶴トサカの一週間』
寿司を食べながら焼き上がるのを待つというのは、なかなかにブラックな情景ではないかと彼は思うのだが、これが一般的な風習になっているようだ。
『隠り沼の』
母に疎まれているとはっきり感じるようになったのは、いつごろか。きっかけはたぶん、あの日の集会の後だ。それ以前にも薄々と感じてはいた……ような気がする。
『有翼日輪』
目的もなく歩いていた。歩くことが心地よかった。
『標本箱』
「『標本箱』おぼえている?」と聞かれ、とっさに思い浮かんだのは、薬品のにおいのする理科室だった。骨格標本。いいえ、あれは、箱じゃない。
『アンティゴネ』
通学班の集合場所になっている提灯屋の前でトラックは停まった。
『祝祭』
雑草の茂みをわけて歩いていた。あるかないかの風は、汐の香をわずかに含んでいる。
短編は長編よりさらに忘れてしまいがちなので、思い出すきっかけになればと一段落目だけ書き写してみたけど、さて一段落目が物語全体の記憶を呼び起こすかどうかというと、そういうのもあるしそうじゃないのもある。というかんじ。
皆川さんの短編集は初めてだったのだけどとても好みだった。まっとうを自認する人たちには蔑まれ無視される、甘美な一瞬。
一番好きなのは 『巻鶴トサカの一週間』。タイトルも一行目も物語もいかしている。
セメント・ガーデン(イアン・マキューアン)
父親が死に、その翌年には母親が死んだ。父親の遺した大量のセメントを使って母親の死体を地下室に隠した子どもたちは、その事実を伏せてこれまで通りの生活を続けていくことにした。姉のジュリーはボーイフレンドと遊び回り、「ぼく」は風呂に入るのを拒み、妹のスーは部屋に引きこもり、弟のサムは赤ちゃんの真似事を始めるようになる…。
よるべのない不安が具現化し、家や子どもたちそのものをじわじわと腐らせていくかのような気味悪さ。読み心地は最悪だけど引き込まれる。
マキューアンの長編一作目なんですと。
忘れられた花園(ケイト・モートン)
この物語には、三人の主人公がいる。
ネル。オーストラリアにて何不自由なく育った彼女はある日、父親から衝撃の事実を告げられる。自分はたった一人で港に置き去りにされた少女だったのだと。何も語らない彼女が手にしていたのは小さなトランクと一冊のおとぎ話の本だけ。
カサンドラ。ネルの孫娘。亡くなった祖母がイギリスのコーンウォールにあるコテージを遺してくれた事実に驚き、なぜネルがそのコテージを買い取ったのか調べるためにイギリスへ向かう。
イライザ。唯一の家族であった弟を事故で失い天涯孤独の身となった貧しい少女。突然攫われるようにして立派なお屋敷に連れてこられたイライザはその日からそのブラックハースト荘で暮らすよう命じられる。留守がちで何を考えてるかわからないマウンチェット氏(イライザの伯父にあたる)、イライザの存在に我慢がならない婦人、そして病弱な娘ローズ。イライザとローズはやがて唯一無二の親友となるも、その蜜月は長くは続かなかった。
特に後半は探偵役としてのカサンドラが主役と感じられるものの、全体的な読後感としては三人のそれぞれの物語はほぼ均等な重みを持っているように感じられた。どれも欠けてはならない三つ編みのような構成をもって物語は完成する。ミステリアスであまりにも哀しくて、でも心に光を射す物語。
3つの時代を行き来してるにもかかわらず登場人物は少なめで混乱もなく一気に物語の世界に浸れたのもよかった。
二日で読了。